あゝ
駄文ばかりの脚本と
三文芝居にいつ迄も
付き合っていたいのさ
◆『三文小説』を聞いて、昨日から震えが止まらない。
King Gnuの恐ろしさは『白日』よりも前、『Prayer X』や『Vinyl』などで十二分に感じていたが、本曲『三文小説』で度肝を抜かれた。詞曲ともにあまりに耽美で完成度が高く、正直気が狂いそうになった。
『三文小説』に殺されて何も手につかない。尋常ない衝撃を受けている。なんだあの曲は。
— ぷるーぶ (@prooooove) 2020年11月4日
◆誰もが「君」を忘れ去ったとしても「僕」は寄り添っていくから、というメリーバッドエンドのような世界観を「三文小説」と喩えて説く一曲。その曲調は絶望と退廃の中に強いロマンがあり、その詞にはどうしようもない哀しさの中で確かな愛が紡がれている。
冒頭、ボーカル・井口理の響くハイトーンが、囁くように愛を告げる。
この世界の誰もが
君を忘れさっても
随分老けたねって
今日も隣で笑うから
怯えなくて良いんだよ
そのままの君で良いんだよ
増えた皺の数を隣で数えながら
「世界の誰も」という大局的な忘却から始まる世界観の中で、急転して「皺の数」という極めてミクロな観点での愛に話題が移る。圧倒的な絶望の中でも心から愛しているということを、あまりにも繊細に、鮮烈に表現している。
◆曲調はKing Gnuらしい陰鬱とした様相が続くが、しかしその中には確かにロマンティックが漂っている。さながら暗闇に灯る一筋の蝋燭の火のように。
特に印象的なのが、冒頭に書いたサビの部分である。気づいた人も多いようだが「あゝ 駄文ばかりの」が安室奈美恵の『Can you celebrate?』の一節とメロディが似ている。意図してか否かはわからないが、暗喩のように仕込まれたそれは、僕の「秘めたる想い」を強く感じさせる。
◆あまりにも完成されすぎていて、どこをフィーチャーしても説明不足になってしまうが、この曲で真に伝えられるべき言葉はBメロの部分に込められていると思う。
過ちだどわかっていても尚
描き続けたい物語があるよ
愚かだと分かっていても尚
足掻き続けなきゃいけない物語があるよ
その愛に苦しみを伴うことが目に見えているというのに、僕は愛を唱えることを厭わない。そんな僕の覚悟がこれでもかと伝わってくる。痛いくらいに、愛おしいくらいに。
◆都度都度友人の恋愛話を聞いていると、大なり小なり悩みを抱え、もがき苦しんでいることを知らされる。恋愛と無縁な人生を歩む私には難しい話だけれど、それはいつも輝いてばかりの話ではないらしい。
確かに『ヘビーローテーション』のような大恋愛は夢物語なのだろう。そこかしこに落ちている人々の恋愛は、取るに足らないものなのかもしれない。あるいは『三文小説』のように、ひどく苦しい恋愛だってあるだろう。
それでも、どうか諦めずに愛を唱えてほしい。三文と蔑むようなバカの言葉は聞かないでいい。あなたの愛に値打ちがつくはずもない。どうか、あなたの信じる愛を貫いてほしい。