◆毎日クラスで話している友達が、突然主人公になる。普段はアホなことしか言わないあいつが、めちゃんこかっこよくシュートやスパイクを決めたり、ステージで歌ったり踊ったり。でも試合やステージが終わればいつものクラスメイトに元通り。魔法の時間がシンデレラよりも短い。そういう刹那的な魅力が大好きです。
◆院戦に行ってきました。バレーは白熱で、男女ともフルセットのデュースまで持ち込むアツすぎる展開。女子は惜しくも負けてしまったけど、男子は二度のデュースの末に勝ったので、僕も久々に叫びました。嬉し泣きしている部員を見て一個上のマネさんと一緒にもらい泣きしそうになったり。
◆バレー部員だけでなくて、ティーンは本当に活気がある。プレイヤーも観戦側も汗くさくて、泥くさくて、それでいて光り輝いてた。シーブリーズのCMでも見てるんじゃないかってくらいに。特にチアの子たちはエネルギッシュだし笑顔が眩しくて可愛い。野太い「おっけぇぇぇ!!!」も健在で、何もかもが美しいんだ。
◆若さで動く、それだけで人は主人公になれる。
どれだけ豪華なキャストを並べて迫真の演技で魅せる最強の映画があったとしても、名もない高校生たちの生物の青春には太刀打ちできないんだなって、若さ眩しさ鮮やかさに目をくらませた一日でした。
— ぷるーぶ (@prooooove) June 2, 2018
男排プレイヤーたちは、ひたすらにバレーをして勝ったことにこそ至福を感じているだろう。しかし観るに徹するしかできなくなった僕にとっては、彼らが必死にバレーをしている姿、それだけでもう1本の映画を観ているような多幸に包まれる。
僕だってティーンの頃は誰かに感動を与えるような主人公だったはずだ。
「当代唯一の男マネージャーと部員たちの奮闘の日々」 おっ、映画っぽいやんけ。
「魔窟とまで呼ばれた写真部で奇怪な人員を率いた男の話」 お蔵入り決定だな。
◆そんな彼らの輝きを「激アツのアツ」と言うのは、間違ってはいないけどやはり全く言葉が足りてないわけで。
心には「エモいという心情を言語にしたくない。心内に留めたい」というのと「エモさを言語表現できたらどれだけ楽しいだろう。他者に伝えたい」というのがある。わかるか。
— ぷるーぶ (@prooooove) May 21, 2018
「エモい」という言葉、定義が不安定だからこそこういうときホントに便利だな。高校生のきらめきはとにかくエモい。
とにかく、自覚はないだろうけど君たちはちゃんと青春してるよ、ってのが彼らに伝わればいいんだけど、だいたい渦中の人は気づけない。輝きは光の中では見えないから。かっこいいこと言ったところでおしまい。