ちょっと長めのツイート

その程度に思って読んでってください

小咄「シャイニングお父さん」

 

    茶番をした。

「お、お父さん……?」

(まだお義父さんと呼ばれる筋合いはないぞ!)

    声はしないのにテキストが頭に響く、そんな不思議な感覚。

「どうしたの?」

    仏壇に向かって手を合わせていた彼女がこちらを向く。その上にもう一つ視線が光る。

「ああいや、かっこいい人だなと思ってさ」

「でしょー、この写真気に入ってるんだー」

    そういうと彼女は仏壇から遺影を取って僕に渡す。キリッとした精悍な顔つきで確かにかっこいい。まあ遺影を渡されなくとも、その顔は上でぷかぷか浮かんでいるんだけど。

 

              ◯

 

    彼女は父親を失っている。それは告白の返事の前に聞かされていた。

    そんなこと関係ない。所詮高校生の恋愛なんだし。もっと悪く言えば、彼女の父親に会うことがないなんて、彼氏としてはどれだけ楽なものか。

「お父さんはね、すっごくかっこよかったんだー」

    彼女はよく父親の話をした。僕はその全てをきちんと聞き入れた。お母さんにベタ惚れだったこと、背が高くてムキムキだったこと、バイクが好きでよく後ろに乗せてもらったこと。そしてそのバイクで事故に遭って、亡くなったこと。

    過去は美化される。何もかも優れた人なんていない。でも、死ぬ前にかっこいいところを娘にちゃんと見せていたのだから、きっと素敵なお父さんだったんだろう。そんな印象を持っていた。

    でも僕はやっぱり男で、正直話の中身よりも、それを楽しそうに話す彼女のことばかりで頭がいっぱいだった。何より、一番辛いであろうことを僕に話してくれる、信頼を置いてくれていることが心底嬉しかった。

    そして。

「夏休み1日くらい私の家に泊まりに来ない?」

    喜びが頂点に達したときだった。

 

            ◯

 

(どこまでいったんだ?)

「そのテレパスみたいなのやめてください。普通に話せないんですか」

(ユーレイが見えるやつに“普通”を説かれてもなあ!)

    豪快な笑い声(のテキスト)が頭に響く。音はないのに何だかとてもうるさい。

    彼女がトイレに立ったタイミングで、お父さんは根掘り葉掘りいろいろ聞いてきた。清い交際をしているか、最近どこでデートした、避妊はしてるのか。口さがないというか、見た目通りにオブラートを知らない人だった。

「心配しなくてもまだキスしただけですよ。それよりもっと聞きたいことないんですか。彼女の学校での様子とか、他にもあるでしょう」

(まあ、それはな……)

「ごめんねー、そんなところで待たせちゃって退屈だったでしょう。テレビくらいつければよかったのに」

    そのタイミングで彼女が帰ってきて、お父さんは途端に黙りこくった。娘には甘い父、わかりやすい人だ。

「やっぱり人んチって緊張しちゃってさ」

「まあそれもそうだよね。それよりさ、上行こ?」

「上?」

「私の部屋」

    うわ可愛い。でも今その笑顔を見たくなかった。シマウマ並みの限界視界で横見にお父さんを見ると、苦虫とパクチーを同時に噛み潰したようなすごい目で僕を見ていた。

 

           ◯

 

    ちょっと俺もトイレ行きたいから先に上がっといて、そう言ってトイレに逃げ込んだ。便器に座ってため息と尿をもらしていると、ドアからぬうっとお父さんが顔だけ見せてきた。

「シャイニングですか!? やめてくださいよ」

(お前な、お前なあ!)

    口うるさく僕を責めないあたり、本当にいいお父さんだな。でもマジでシャイニングのまま言うのやめてくれないかな。

(あの子を泣かせたらタダじゃおかんぞ。ホントに憑いてやるからな)

「シャレになってないんでやめてくれませんか。あとトイレ覗くのやめてくれませんか」

(そんな貧相なもので……)

「もう一回殺されたいんですか」

    喜怒哀楽を足して4で割ったような顔でじっと僕を見つめるお父さん。何もできないのが本当に悔しいみたいだ。何をする気かわからないけど。

「お父さん。娘さんは立派に成長してるんですよ。だからここは僕に任せて成仏してください」

(成仏したら見れないだろうが!)

「これからのことを見る気だったんですか!?」

    だいじょーぶー? 遠くから声がした。部屋から彼女が大声で聞いてきたんだろう。とりあえずやばめのウンコと返しておいた。

(……さっきお前聞いただろう。娘の学校のこととか聞きたくないのかって)

「ええ」

(本当は死ぬほど聞きたいよ。死んでるけど。でも聞いたら、余計辛くなるんだよ。あの子の今を見れない自分が悔しいんだよ)

    お父さんの表情が「哀」1つに収束していく。この数十分で彼が初めて見せた顔だった。

    初めて会う、何処の馬の骨ともわからん男にお父さんは実に陽気に接してくれた。たとえこんな不可思議な形でも、彼女が彼を心から慕っていた理由を知れたのはよかったのかもしれない。

「お父さん。僕は彼女を心から愛してます。だから、安心してください。僕に任せてください」

(……そういうくっさいセリフをシラフで言うやつは信用ならねえんだよなあ)

「僕がこんなことを真顔でシラフで言えるのは」

    ズボンを引き上げて、お父さんの目をじっと見た。

「あなたが彼女の父親でよかったって、本気で思っているからです」

(……生きてお前に会いたかったよ)

    ドアの鍵が勝手に開いた。突然ポルターガイストはやめろ。

    階段を上がると二階で彼女が待っていた。部屋に入る前に階下を振り返ると、お父さんがじっと僕らを見つめていた。僕はただ、言葉も言わずに頷いてみせ、それで何かを感じとったのか、幻のようにそれは消えていった。

「何見てるの?」

    心配そうな表情で僕の顔を覗く彼女。くそっ、可愛い。

「何でもないよ、部屋に行こうか」

    彼女が部屋に入り、ついで僕が部屋に入る。扉を閉めるまえに、彼に聞こえればと、僕は彼女に本心を告げた。

「本当にいいお父さんなんだね」

    豆電球だけ灯ったすでに薄暗い部屋で、振り返った彼女の笑顔は、何よりも眩しかった。

「でしょう?」

 

    今日、お母さんは出張で帰ってこないらしい。