ちょっと長めのツイート

その程度に思って読んでってください

2016movies

 

 

    「108円で2時間ほど暇を潰せる」ことに気づいてしまったこともあって、2016年は映画の年になった。それでも総数でいえば20本程度だが、積極的に映画を観る人間ではなかった私からすればえらいことである。

 

 

    今年のベストはなんだろうとTwitterにあげたものを振り返ってみたが、案外さっくり決まった。

 

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    パプリカだ。
    見る聴く感じる三方良しの合法ドラッグ思い焦がれ追い続けた夢の世界への憧れ、もとい執着。「夢の中で入れ替わってる~?」ではすまされない、人間の精神のもっともっと奥深く極限の世界を体感するような一本だった。

 

 

今年公開の映画だったら?

 

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    シン・ゴジラ。ただのパニックムービーに留めなかったところは好き嫌いをわけたけど私は大好きだった。政治ドラマを交えることでより緊迫感が伝わったと思う。そして何より倒し方。ネタバレは防ぎたいが、化学が役に立ってくれたので本当に嬉しかった。
    ちなみに「ただのパニックムービー」としてのゴジラも今年きちんと見ている。

 

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    ケン・ワタナベ出演の2014年版ゴジラ。さすがアメリカのパニックムービー。これが期待してたゴジラだよ!とウキウキで見ていたが、終わってみればシン・ゴジラの方が自分好みであった。

その他今年のあたりを留めておく。

 

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    私の少女。始めてしっかり見た韓国映画。閉鎖的なド田舎に飛ばされたエリート警察の女性(右)と、養父に虐待を受ける14歳の子ども(左)の2人の絆を描く。差別虐待に対し当時14歳の少女が演じる。作中幾度となく見せる死んだ目には震え上がった。これは本当にオススメ。
(しかしペ・ドゥナ(右)美しいな……)

 

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    エリカ様~~~が堪能出来るヘルタースケルターとーにかく美しい。風景も構図もエリカ様もみんな美しい美の奴隷。女性はぜひ一度見て。注目はエリカ様が吸う煙草「ソブラニーカクテル」、めっちゃ綺麗。監督はAERAの表紙撮影でも有名な蜷川実花彼女らしい色使いが随所に見られてそれも素敵。とにかく素敵だから。

 

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   ムカデ人間1は実はすごく好き。あれは「人間3人を(医学的にきちんと)繋げてみたい」というマッドドクターの、あまりにも純粋な狂気に魅せられる。汚さはあるけど実によくできたサスペンスホラーになってる。
これは違う。クソ。本当にクソ。狂気を描くって点ではよくできてるけど、この世で一番見たくない狂気。クソ。

 

    あとは覚えている限り名前だけ列挙。

ドントブリーズ、ヴィクトリア、ヒメアノール、アイスピットオンユアグレイブ2、マーターズ、アメリカンハンバーガー、八日目の蟬、アンチクライストたまこラブストーリー、マニアック、harmony、パラノーマル・アクティビティ君の名は。

 

 

    来年も楽しい映画ライフにしていきたいと思います。

 

 

※2016年12月29日のnoteを一部修正

 

テンカウント

 

 

    テレビの前で年越しをするのが当たり前の人間だった。両親と妹と卓を囲み、各々ドリンクを用意してその時を待つ。決まって我が家は妹の采配によりジャニーズカウントダウンを視聴する。一年に一度だけ放映されるテンカウントを合図にグラスを鳴らす。それが20年続いた私の年越しだった。

 

 

    今年は様子が違った。朝からバイトに出かけ、その足で友達と合流し、外で蕎麦を食べ、外で年を越した。神社に並ぶ人たちの色めきざわめきが今年の年越しの合図だった。何の神を祀っているのかもわからぬ神社の賽銭箱に五円を投げては、頭の中で飽和する願い望み祈りなんかを「今年もよろしくお願いします」の言葉の内に込めて弾丸のように打ち放った。

    暗闇に唯一光るコンビニは誘蛾灯のようで、だだっ広い駐車場に集う若者の風景は田舎の夜そのものだった。友人たちが酒を買っている合間に、2017年の一本目を咥えた。意識は亡霊のように12月31日を彷徨っていた。さしづめ「ぼくのふゆやすみ」だろうか、どうにも致命的なバグのように年明けを探し続けている。

    cheのロゴが火に消えいこうとしていたので火を消し、スマホを開いた。TLには、紅白歌合戦で魅せたガッキーの可愛さに悶える声とあけおめの言葉で溢れかえっていた。若者達はコンビニの駐車場で記念撮影、遠くの方で初嘔吐をする男性の姿。普段ならありもしない光景が、そこかしこに広がっていたことにようやく気づいた。

 

 

    友人たちが酒を携え帰ってきた。彼らが帰ってくる前にバグを修正できてよかった。「こんなところでなんだけど」の掛け声とともに、新年を祝う乾杯をした。アルミ缶のぶつかり合う心もとない音が、年明けの合図になったようだ。

 

 

※2017年1月1日のnoteを一部加筆修正

都会の片隅の片隅で

 

 

    渋谷駅から少し離れたところ、東急百貨店本店のもとで輝くクリスマスツリーを横目に少し行くと、雑居ビルの2階にガストがある。入口から離れた奥の方に10席ほどの喫煙席が置かれていて、まさに渋谷の隅の隅といった感じであった。試写会まで時間があったのでここで休憩を取ることにした。

 

 

    ガストでは決まってピザを頼む。メニューも見ずに注文を伝えて煙草をふかしていると、喫煙室にしてはお客さんがたくさんいることに気づく。

    通路を挟んだ向かいには若い女性の2人組。2人して縦セタワンピで、惜しげも無く綺麗な御御足を見せつけてくる。心もとないほどの丈でありながら足を組む赤い縦セタワンピの女性は、いかにも渋谷を象徴するようなイカした女性であった。細身の煙草もまた自身を彩るアクセと理解してるかのようで非常に似合っている。

    その隣に座るのはスーツのおじさん。ラップトップを相手ににらめっこしている。割腹の良さから昔運動をしていたことを思わせるが、しかし吸っている煙草は縦セタワンピと同じスリムなもの。そろそろ健康が気になってくるのだろうか。

    私の左隣に座るのは男女のペア。大学生の女性と30代ほどの男性という感じ。演劇について熱く語り合っていた。どちらかというと女性が自分の方向性について男性に相談しているような風にも思えた。男性はマルボロメンソを吸いながら熱心に応え返していた。熱く語り合えるものがある。ああいった関係には憧れも覚える。

 

 

    都会の片隅の片隅には多様な思惑が煙とともに飛び交っていた。窓の外を見ると先ほど通り過ぎたクリスマスツリーが煌々と輝いていて、年の終わりをひしひしと感じる。綺麗だな、今年も1人だな、年末何しようかななどと雑念を巡らせているうちにいつのまにかピザもなくなり時間が来ていた。スマホを見ると公式アプリから会計10%オフクーポンのクリスマスプレゼントが届いている。有難く恩恵を受け、ゆったりと試写会に向かった。

 

 

※2016年12月20日のnoteを加筆修正

大人になる自分に宛てて

 

 

    自分はまぎれもなくあの父の息子なのだと、もうじき20年目を迎えるこの人生で最近ようやく痛感している。

 

 

    父はとにかく動く。休日でも朝が早いし、少しでも暇な時間ができると外に出かけ、家ではPCでニュースを得てテレビ番組を見てあるいは本を読む。「止まれば死ぬ」という呪いに取り憑かれたように、父は秒単位でアクティブに生きている。

    対して19までの私は、何をしなくても常に課題が与えられそれに対してアクティブに取り組んできた。勉強部活人間関係、取組む課題は多様性に富んで尽きることはなかった。しかし言ってしまえば、与えられる課題を潰すだけの人生だった。

    それがこの1年、課題はそのほとんどが消費され、手元にはわずかに勉強が残った程度だ。今はといえば、努力義務に時間を食わせる日々だ。大学で勉強して、塾で物を教えて、課題を潰す週単位のルーチン。それらに対して、自分から取り組む姿勢を見いだせなかった。そして、夜になれば、努力義務さえも失い、かといって寝るに寝付けない、そんな地獄に溺れてしまう。

 

 

    私は間違いなくあの父の子だ。あの人は、手持ち無沙汰を恐れている。思考を、運動を少しでも停止することは、それすなわち死んだも同然だと、そんな本能が父を動かしている。そして今私も、手持ち無沙汰に心臓を掴まれて、今にも握りつぶされるんじゃないかと胸を苦しめながら、ただひたすらフリックを繰り返す。言い表しようのない恐怖に、あまりにも無力に、言葉で抗っている。

 

 

    もう2日と立たず、私は二十歳になる。いまだかつてこんなにも苦しい2日前があっただろうか。2日後の私は、これを見て何を思うのだろう。明るい未来が描けるだろうか。ティーンの頃のような取り組みたくなる課題を見つけるだろうか。それとも、心配しすぎの阿呆なだけだろうか。

 

    厨二病だと笑ってくれる大人の自分を、2日後に描けない。

 

 

※2016年8月4日のnoteに一部加筆修正

アップグレード・キモオタク(後)

 

 

    ホット◯ッパー ビューティーに登録するのに2日かかるほど美容に対してビビリなキモオタクが美容室で縮毛矯正をかける話。いよいよ美容室へと行く。

 

 

    予約時間の30分前。松戸駅で僕はすでに吐きそうだった。フロンティア精神が皆無なので、新しいことを始めようとすると緊張で気持ち悪くなるキモオタクである。

    財布にある金が代金として足りることを3回ほど確認し、意を決して美容室のドアを開けうわ何か変な匂いする……。

    こんなに「もう帰りたい」と思ったのは昨日学校にいるとき以来1日ぶりだなどと思いながら、なんとか受付へとたどり着く。席へと通されて、戦いが始まる。

 

 

    美容師さんはいい人でした。受け答えはきちんとできるタイプなので美容師さん側からふってくれるのは非常に助かる……。

    最初はシャンプーでした。20歳になって始めて他人に髪を洗ってもらったんですけどあれめっちゃ気持ちいいですね。顔に白いタオルかけられたときは(霊安室の遺体かな?)なんて思ったんですけどあれないとやばい。気持ちよくて蕩けきったキモオタクのニヤケ顔が露呈するところだった。

    次は何か薬剤を塗りました。入店したときの変な匂いがするクリーム状のものです。それを美容師さん二人掛かりで真剣な表情でベッタベタ塗っていきます。どんな顔すればいいかわからなくて証明写真ばりに真顔の僕。珍百景に登録されそうなぐらい不思議な光景。その後機械で熱光線をくらいました。

 

 

    加熱後、またシャンプー。人生で始めて日に二度もシャンプーしちゃったよ。

    鏡を見て驚いたんだけど濡れたままなのに超まっすぐ。化学ってすんげえ。その後適当な長さにカットされ、ドライヤー、ヘアアイロン。また二人掛かりで真剣な表情でヘアアイロンしてるところに仏頂面の僕。頭の中でシンジ君が「笑えばいいと思うよ」と囁くけど、今笑ったら失礼だしヤバイ人扱いされる。

    その後またカットされて、また髪を洗った。人生で始めて日に三度も髪洗っちゃったよ。最後にワックスで髪を整えてもらいました。当然キモオタクなのでワックスも初めてです。

 

 

    そして今ドトールでPeace吸いながらこれを書いてる。縮毛矯正、半信半疑だったんだけどホントにまっすぐになるんだな。ていうか髪洗ってもらうのってめちゃくちゃ気持ちいいんだな……。

    こうしてまた金を使いモデルチェンジしたんだが、果たして「改善」かどうかが怪しい。アップグレードするたびに改悪とか言われるTwitterのようにはなりたくないが、なにぶんTwitterで生まれ育ったキモオタクなので、いかんともいいがたい。

     

 

 

 

 

    

 

    

アップグレード・キモオタク(前)

 

 

    キモオタクは未経験の塊である。未経験が瞬足を履いて(コーナーで差をつけて)いるようなものである。「何でもは知らないよ、知ってることだけ」などと猫耳美少女のセリフを引用しといて、その実知らないことの方が多すぎるのがキモオタクだ。

    そして僕も例に漏れずキモオタクである。これはそんなキモオタクが意を決して縮毛矯正をしに美容室に行った話である。どうぞ笑ってくれ。

 

 

    4月某日。僕はサンマルクでコーヒー片手に小説を読む文学青年の真似事をするイキリオタクになっていた。森見登美彦太陽の塔」。マジで面白いのでみんな読んでくれ。その中に飾磨(しかま)というキャラクターがいる。変人な彼はこんな言葉を言い残す。

 

    「フルモデルチェンジする」

 

    当初はその語感に笑うだけだったが、なぜか読後もその言葉だけがひっかかっていた。

   

 

    後日、飲みのお誘いがあり中学時代の旧友4人と会う機会ができた。ちょくちょく会うメンツなので新鮮味こそないが、ふと思い立った。みな服装に気を使い新しい趣味を持ち始めていた。

    大学生になってバイトをし自由に使える金が入る今、彼らは好き好きにいろいろなものにお金を使っていた。対して僕はさしあたって趣味がないので貯金が貯まる一方だ。彼らは呆れた。「そんなに貯めて何に使うのだ」と。

 

 

   結局こんなことを書いた。

お金を使うということ - ちょっと長めのツイート

    書いた以上は何か買わなきゃなぁ。今欲しいものって何だろう。そんなことを考えているうちに、旧友たちの言葉と飾磨の言葉がつながった。僕は貯めたお金でフルモデルチェンジするべきなのでは?アップグレードするべきなのでは?

    

 

    そう思った僕は購入リストの作成に取りかかった。最優先事項は言うまでもなく服である。大学生になって一度も買ってないし何かしら買おう。そこで始めて、自分がどれだけ服を持っているのかもよくわかっていないことに気づく。本当に服に無頓着なキモオタク。

    結果タンスをひっくり返すと服がわんさか出てきた。思ったより持ってた。衝撃である。そんなわけで早々にリストから「服」の文字が消えた。

 

 

    それから靴や財布、椅子や収納ケースなどいろいろと買い購入リストを着実に潰していった。今月は収支が見合ってない、素敵だ。こんな生活が毎日続いたらどれだけ幸せだろう。5000兆円欲しい。

    次は何が必要だろうかと風呂上がり髪を乾かしているときのことだった。これでもかと踊り狂う前髪。湿気に殺された天パ。あぁそういえば、もうじき梅雨がやってくる。そっと天パが息を引き取る季節が。

    テレビではCMが流れていた。菜々緒がサラッサラのストレートヘアをぶんぶん振り回して「戻れない」「もう戻れない」と言っている。僕もそっちに行きてえ……。

 

 

    かくしてキモオタクは縮毛矯正をかけることを決意した。

 

もうじき梅雨がやってくる

 

    山手線は日暮里を出て反時計回り、田端あるいは駒込あたりまでは、思いの外木々や草葉が生い茂っている。見慣れた光景ほど何も見ていないとはよく言うが、この時期になると梅雨に濡れた草葉の何とも言えない匂いが湿っぽい空気に運ばれてきて、意識的に周りを見るようになる。年に一度の雨の匂い。もうじき梅雨がやってくる。

 

 

    いつかに花火を見に行った。テレビ中継も行われる大きな花火大会で、友達と見に行くなんて初めてのことだった。怪しい雲行きは徐々にその鈍色を深く濁らせて、いつしか激しい雨が一帯に降り始めた。草地に敷いていたビニールシートを被って駅まで猛ダッシュしたけど、着いた頃には全身ずぶ濡れだった。以来花火大会とは縁が無い。その年のテレビ中継は昨年の様子が放送されたらしい。

     

 

     そんな感じで雨にいい思い出なんてない。服は濡れてうっとうしいし、傘は場所を取って邪魔でならないし、洗濯物も干せない。どんよりとした曇り空でげんなりする。けど、不思議と雨模様は好きだったりする。

    「君の名は。」が大流行した昨年、流行に乗じて新海監督の過去作を観なおそうと思い立ち、そのひとつである「言の葉の庭」を観た。雨の新宿御苑でみせる哀しい孤悲の物語。DVDで、AbemaTVで、下北沢の小さな劇場で観たその映画では、普段忌み嫌っているはずの雨垂れや雨音がいつもより愛おしく思えた。そして映画のラスト、画面一杯に広がる雲間から伸びる日差し。梅雨どき恋い焦がれてやまない日の光がこれでもかと鮮やかに画面を包む。

 

 

    本当に好きなのは雨上がりの空かもしれない。日の光が軒先の雨垂れや水たまりに反射して光り輝いているように見える。雲の切れ間から柱のように降り注ぐ様は本当に綺麗だ。 運が良ければ虹も見える。スペクトルなどは考えないでぼーっと眺めていると楽しくなってくる。梅雨の合間に突然やってくる夏日は、いつにも増してカラフルだ。

    新緑萌ゆる5月を越えるとまもなく梅雨がやってくる。祝日のない6月にじめじめと蒸し暑い日々が続くのは気が滅入るし、湿気に弱い天パの毛先はくるくると踊って言うことを聞かない。日の光が恋しいので、少し上を向いてみようと思う。