ちょっと長めのツイート

その程度に思って読んでってください

みんな主人公だった

 

毎日クラスで話している友達が、突然主人公になる。普段はアホなことしか言わないあいつが、めちゃんこかっこよくシュートやスパイクを決めたり、ステージで歌ったり踊ったり。でも試合やステージが終わればいつものクラスメイトに元通り。魔法の時間がシンデレラよりも短い。そういう刹那的な魅力が大好きです。

 

院戦に行ってきました。バレーは白熱で、男女ともフルセットのデュースまで持ち込むアツすぎる展開。女子は惜しくも負けてしまったけど、男子は二度のデュースの末に勝ったので、僕も久々に叫びました。嬉し泣きしている部員を見て一個上のマネさんと一緒にもらい泣きしそうになったり。

 

バレー部員だけでなくて、ティーンは本当に活気がある。プレイヤーも観戦側も汗くさくて、泥くさくて、それでいて光り輝いてた。シーブリーズのCMでも見てるんじゃないかってくらいに。特にチアの子たちはエネルギッシュだし笑顔が眩しくて可愛い。野太い「おっけぇぇぇ!!!」も健在で、何もかもが美しいんだ。

 

若さで動く、それだけで人は主人公になれる。

   男排プレイヤーたちは、ひたすらにバレーをして勝ったことにこそ至福を感じているだろう。しかし観るに徹するしかできなくなった僕にとっては、彼らが必死にバレーをしている姿、それだけでもう1本の映画を観ているような多幸に包まれる。

    僕だってティーンの頃は誰かに感動を与えるような主人公だったはずだ。

「当代唯一の男マネージャーと部員たちの奮闘の日々」 おっ、映画っぽいやんけ。

「魔窟とまで呼ばれた写真部で奇怪な人員を率いた男の話」 お蔵入り決定だな。

  

◆そんな彼らの輝きを「激アツのアツ」と言うのは、間違ってはいないけどやはり全く言葉が足りてないわけで。

   「エモい」という言葉、定義が不安定だからこそこういうときホントに便利だな。高校生のきらめきはとにかくエモい。

   とにかく、自覚はないだろうけど君たちはちゃんと青春してるよ、ってのが彼らに伝わればいいんだけど、だいたい渦中の人は気づけない輝きは光の中では見えないから。かっこいいこと言ったところでおしまい。

この一年について

 

はてなブログに移って気がつけば1年以上経った。30件以上の投稿をした。たまに見返すと「なかなかいいこと書いたな」とか「フォント設定が悪い、見づらすぎる」などがあって面白い。投稿内容の良い悪いはあっても、見返して面白いなと思えるだけで、当初の目的は大いに達成できている。

 

◆何か書こう、書き残そうと思い立った発端はあまりに苦しい出来事で、しかしそれがあまりに苦しかったからこそ、その反動もまた大きかったのかもしれない。筋トレしようとか今年こそ彼女をとか、マジメに立てた目標はことごとく三日坊主にするような人間が1年以上続けているんだから、たいしたものである。

 

Twitterのほうでこまめにやっていた映画感想のツイートもずいぶん楽しくやれている。「帰ってきたヒトラー」の回は映画自体注目度が高かったこともあって多くの人に見てもらえた。こうして書きもので承認欲求を満たせるのは副次的な産物とはいえとても嬉しい。

 

ぷるーぶ on Twitter: "映画の時間だよ。今日は「背景知識がないから」と避けていたものの結局借りてしまった「帰ってきたヒトラー」… "

 

◆極めつけの結実は、縁あって携わることができた母校の会報の記事執筆だった。仕事として書きものができた嬉しさもあったが、会報の仕事に誘ってもらえたことが何より嬉しかった。自分の書いたものをネットに公開していてよかったと痛感した。

 

◆ところでここ最近は特に書くことへの欲望が強い。それはこのところ芸術に関してTLが熱かったのがある。母校の人はえてしてクリエイティビティで、文章に限らず写真・絵・音楽など、常に何がしかの作品が流れてきた。コンスタントに作品を出す人はかっこよかったし、そういった作品が流れてくるTLは刺激が強かった。

 

◆それでついに思い立って、今年の頭から奮起して書き始めたものが、ようやく形になろうとしている。まだ下書きもいいところだし、書き終えたところでどうするのかも何も考えてない。けど、学部生も最後の年なんで、自己満足でも「やればできるんだ」ってのを形で示して大学生生活を終えたいなどが、この頃ふんわり考えていることである。

小咄「シャイニングお父さん」

 

    茶番をした。

「お、お父さん……?」

(まだお義父さんと呼ばれる筋合いはないぞ!)

    声はしないのにテキストが頭に響く、そんな不思議な感覚。

「どうしたの?」

    仏壇に向かって手を合わせていた彼女がこちらを向く。その上にもう一つ視線が光る。

「ああいや、かっこいい人だなと思ってさ」

「でしょー、この写真気に入ってるんだー」

    そういうと彼女は仏壇から遺影を取って僕に渡す。キリッとした精悍な顔つきで確かにかっこいい。まあ遺影を渡されなくとも、その顔は上でぷかぷか浮かんでいるんだけど。

 

              ◯

 

    彼女は父親を失っている。それは告白の返事の前に聞かされていた。

    そんなこと関係ない。所詮高校生の恋愛なんだし。もっと悪く言えば、彼女の父親に会うことがないなんて、彼氏としてはどれだけ楽なものか。

「お父さんはね、すっごくかっこよかったんだー」

    彼女はよく父親の話をした。僕はその全てをきちんと聞き入れた。お母さんにベタ惚れだったこと、背が高くてムキムキだったこと、バイクが好きでよく後ろに乗せてもらったこと。そしてそのバイクで事故に遭って、亡くなったこと。

    過去は美化される。何もかも優れた人なんていない。でも、死ぬ前にかっこいいところを娘にちゃんと見せていたのだから、きっと素敵なお父さんだったんだろう。そんな印象を持っていた。

    でも僕はやっぱり男で、正直話の中身よりも、それを楽しそうに話す彼女のことばかりで頭がいっぱいだった。何より、一番辛いであろうことを僕に話してくれる、信頼を置いてくれていることが心底嬉しかった。

    そして。

「夏休み1日くらい私の家に泊まりに来ない?」

    喜びが頂点に達したときだった。

 

            ◯

 

(どこまでいったんだ?)

「そのテレパスみたいなのやめてください。普通に話せないんですか」

(ユーレイが見えるやつに“普通”を説かれてもなあ!)

    豪快な笑い声(のテキスト)が頭に響く。音はないのに何だかとてもうるさい。

    彼女がトイレに立ったタイミングで、お父さんは根掘り葉掘りいろいろ聞いてきた。清い交際をしているか、最近どこでデートした、避妊はしてるのか。口さがないというか、見た目通りにオブラートを知らない人だった。

「心配しなくてもまだキスしただけですよ。それよりもっと聞きたいことないんですか。彼女の学校での様子とか、他にもあるでしょう」

(まあ、それはな……)

「ごめんねー、そんなところで待たせちゃって退屈だったでしょう。テレビくらいつければよかったのに」

    そのタイミングで彼女が帰ってきて、お父さんは途端に黙りこくった。娘には甘い父、わかりやすい人だ。

「やっぱり人んチって緊張しちゃってさ」

「まあそれもそうだよね。それよりさ、上行こ?」

「上?」

「私の部屋」

    うわ可愛い。でも今その笑顔を見たくなかった。シマウマ並みの限界視界で横見にお父さんを見ると、苦虫とパクチーを同時に噛み潰したようなすごい目で僕を見ていた。

 

           ◯

 

    ちょっと俺もトイレ行きたいから先に上がっといて、そう言ってトイレに逃げ込んだ。便器に座ってため息と尿をもらしていると、ドアからぬうっとお父さんが顔だけ見せてきた。

「シャイニングですか!? やめてくださいよ」

(お前な、お前なあ!)

    口うるさく僕を責めないあたり、本当にいいお父さんだな。でもマジでシャイニングのまま言うのやめてくれないかな。

(あの子を泣かせたらタダじゃおかんぞ。ホントに憑いてやるからな)

「シャレになってないんでやめてくれませんか。あとトイレ覗くのやめてくれませんか」

(そんな貧相なもので……)

「もう一回殺されたいんですか」

    喜怒哀楽を足して4で割ったような顔でじっと僕を見つめるお父さん。何もできないのが本当に悔しいみたいだ。何をする気かわからないけど。

「お父さん。娘さんは立派に成長してるんですよ。だからここは僕に任せて成仏してください」

(成仏したら見れないだろうが!)

「これからのことを見る気だったんですか!?」

    だいじょーぶー? 遠くから声がした。部屋から彼女が大声で聞いてきたんだろう。とりあえずやばめのウンコと返しておいた。

(……さっきお前聞いただろう。娘の学校のこととか聞きたくないのかって)

「ええ」

(本当は死ぬほど聞きたいよ。死んでるけど。でも聞いたら、余計辛くなるんだよ。あの子の今を見れない自分が悔しいんだよ)

    お父さんの表情が「哀」1つに収束していく。この数十分で彼が初めて見せた顔だった。

    初めて会う、何処の馬の骨ともわからん男にお父さんは実に陽気に接してくれた。たとえこんな不可思議な形でも、彼女が彼を心から慕っていた理由を知れたのはよかったのかもしれない。

「お父さん。僕は彼女を心から愛してます。だから、安心してください。僕に任せてください」

(……そういうくっさいセリフをシラフで言うやつは信用ならねえんだよなあ)

「僕がこんなことを真顔でシラフで言えるのは」

    ズボンを引き上げて、お父さんの目をじっと見た。

「あなたが彼女の父親でよかったって、本気で思っているからです」

(……生きてお前に会いたかったよ)

    ドアの鍵が勝手に開いた。突然ポルターガイストはやめろ。

    階段を上がると二階で彼女が待っていた。部屋に入る前に階下を振り返ると、お父さんがじっと僕らを見つめていた。僕はただ、言葉も言わずに頷いてみせ、それで何かを感じとったのか、幻のようにそれは消えていった。

「何見てるの?」

    心配そうな表情で僕の顔を覗く彼女。くそっ、可愛い。

「何でもないよ、部屋に行こうか」

    彼女が部屋に入り、ついで僕が部屋に入る。扉を閉めるまえに、彼に聞こえればと、僕は彼女に本心を告げた。

「本当にいいお父さんなんだね」

    豆電球だけ灯ったすでに薄暗い部屋で、振り返った彼女の笑顔は、何よりも眩しかった。

「でしょう?」

 

    今日、お母さんは出張で帰ってこないらしい。

 

関係ないけど私は「キスして」というタイトルの曲を4曲歌える

 

夜だからと駅のホームで彼氏/彼女と熱いキスを交わす度胸があなたにはありますか? 私にはまず彼女がいません。

 

◆さておき、度胸のある人が大それたことを成していると、度胸のない私は羨ましいなあと思ってしまいます。しかしその一方で、度胸というのは無神経と紙一重なところもあると思うのです。

    例えば先に述べたような、駅のホームで熱いキスを交わすカップル。たとえ彼女ができたとしても私はチキンなので到底そんなことはできません。できないという前提を踏まえた上で、キッシング・カップルを見ると嫉妬に熱く燃えてしまうのです。つまり彼らは無神経にも私に対して幸せを当てつけてきている。そうだよ逆恨みだよ。

 

◆人前でキスとまではいかなくとも、日常の些細なモーション1つとっても「よぉやるわ」と思うようなことはあります。

    これは全く別な話ですが、私は非常に足が臭いです。自分でも嫌になるくらいに。なので、人前で靴を脱ぐというのが服を脱ぐこと以上に恥ずかしく、また抵抗があります。しかし世の中には足の臭くない人も一定数いて、彼らは平然と人前で靴を脱ぎます。驚嘆です。

    人の家に上がるときや、座卓式の居酒屋など、どうしても靴を脱がなくてはならないときならいざ知らず。彼らは、例えば長く椅子に座り続ける授業中などに、靴を脱いで足をぶらぶらさせるのです。

 

◆靴は足を束縛し、思いのほか着苦しいものです。できれば脱いでいたい。なんなら裸足で理工キャンパスを駆け巡りたい。

    授業中、隣で友人が靴を脱いだら? 自由を謳歌するように足をぶらぶらさせたら? 私も嫉妬のあまりつい脱いでしまいそうになります。しかし自分の足の臭いを知っているからぐっと抑える。自由気ままな上流貴族を眺める、足枷にとらわれた奴隷のような気持ち。ともすれば南北戦争が始まりかねない。

 

◆靴を脱ぐモーションが果たして度胸のある行為なのかどうかは個人の裁量ですが、あなたの「度胸ある行為」は、どこかで誰かの逆恨みを買って「無神経」と捉えられるのです。

    アホみたいな例のせいで何言ってんだこのバカはと思うかもしれませんが、これは意外と真理だと思っています。いちいち気にしていては生きていけません。これが俺だと言わんばかりにキスをかましてあげましょう。愛してやまない恋人相手か、酔って倒れて地面相手かは別として。

なんて綺麗な眺めなんでしょうか!

 

 

◆研究室に配属されて、ささやかながら社会というものを知ったような気がする。

 

◆中高と部活動をしていたけど、運がよかったのか体育会系にありがちなキツい上下関係は全くなかった。上も下もないゆるゆるな生活で、一度だって「せんぱーい」って呼ばれたことがないくらいだ。今はちょっと後悔してる。剣崎後輩みたいな後輩が欲しかった(リズと青い鳥を観ような)。

    知っての通りあの高校は学校をあげてそういった雰囲気で、およそ社会とはかけ離れた異空間とも言える。私自身地がそういう人間なので、あの異空間はとても心地よかった。

 

研究室はそうはいかない。学生(学部生・修士生)の間ならそこまで厳しいものはないけど、博士課程や助教、OBG、そして教授との間はそうはいかない。どうしても年齢に差が出てくるし、何やり知力と経験が段違いである。日々かしこまりながら過ごす生活は息苦しくて仕方ない。

    加えて、毎日決まった時間に登校し研究をする点では、サラリーマンとなんら変わりない生活である。残業もある。研究以外のタスクもある。研究室単位での課外活動(合宿とか)もある。これはもう社会人では?

 

日々が無味乾燥だ。人生で一番楽しかった時期や思い出はそう簡単に決められないけど、人生で一番つまらなかった時期は断定できる。今だ。 

    心に潤いが欲しい。煙草を吸って、麻雀を打って、手慰みをして、体や心を傷つけてようやく生きてる心地を体感してる。それは絶対間違ってるというのに。

 

だから最近は高度に「現実逃避」している。高校生の頃以来の漫画欲の再燃で、最近また買いだすようになった。映画も週2本のペースで観ている(リズと青い鳥を観ような)。とにかく現実を見たくない。もっと優れたフィクションに逃げたい。

    最近はまた小説を書きたいとも思ってる。多分書かない。はてブすら更新が不定期な人間が書くわけないんだけど。書く/書かないは別として、妄想することとと書きたいという欲望は絶やさないようにしようとは思ってる。

    持論として「現実逃避」は悪いことではないと考えている。むしろいいことだ。こん詰めると死ぬぞ、体か心が。そう言い聞かせて今日も逃げている。

 

人生はGO!GO!MANIAC

 

 

「人生を変える出会いがある」

    映画が好きなもんで、いろんなキャッチコピーを見るんだけど、どれもこれも大層なお言葉を並べていて見ていてむず痒い。そんなんだから恋愛物や青春物にあまり手を出せないで、ひねくれたオタクになってしまった。

 

 

■自虐はさておき、人生を変える出会いってそんなに大層なものか。確かに人間七十億人もいれば映画みたいな「出会い」があった人も何人かいるだろうけど、そのうちの一人に入るような出会いがあったか。

    私は。あるいはあなたは。「私の人生を変えた物」とはっきり認知しているものがありますか。映画になりそうなほど素晴らしい出会いでしたか。というか「人生が変わった」瞬間を覚えてますか。

    そう聞かれるとなかなか答をすぐに出せないかもしれない。対して私は、意外なことに、人生が変わった瞬間を痛いほどよく覚えている。つまり、オタクになる前と後だ。

 

 

■中二の夏。祖父母の家に帰省したときのこと。その夜は従兄弟の部屋に布団を敷いて眠った。

    遠方に住んでいた私は彼と年に二、三回しか会ってなかった。正月最後に会ったときまでは普通のバスケ少年だったのに、その夏から中身が一変していた。

    夜、そろそろ寝るかと言ったところで、従兄弟は枕元にあったCDデッキの電源を入れた。

「これから寝るんだけど」

「最近は音楽流しながら寝るんだよ」

    そういって流れ始めた音楽は想像していたどれとも違った。初めて接するジャンルだった。妙に高い声の女性が、えらい早口で何か歌っている。

「何これ」

「『けいおん!』って知らない?」

 

 

■たったこれだけだ。あの夜、従兄弟がGO!GO!MANIACを流さなければ私はオタクになってなかった。こんな些細なことで私はオタクになってしまった。 映画のコピーが喧伝するような、煌びやかな「人生を変える出会い」とはほど遠い。

    あのとき素直に寝ていれば、オタクルートを踏まない私が、本キャンでウェイウェイしている私もいたかもしれない。TwitterよりInstagramを好んだ私がいたかもしれない。想像するだけでヘドが出る。

    何を血迷ってりこきゃんでくすぶっているのか、と言われると心が痛いけど、オタクだったから知り合えた人たちとの付き合いが一番長いし、道を踏み誤ったとは全く思っていない。 今日もこうしてアニソンを聴き、明日の研究から逃避する。

 

小咄 『ヒカリちゃん』

 

「今日は20時になったら寝なさい」
    小さい頃、祖母の家に帰省したときのことだった。放任主義だった母がその日に限って寝る時間を指定してきたので、幼心に不思議に思ったのをよく覚えている。理由を聞こうとしたが、いつにない母の態度に気圧されて、何も言わずにその言葉に従うことにした。
    その日の夕方まで、祖母は普段通り孫を溺愛する素敵な祖母だった。一緒に田舎道を散歩したり、手製の料理を振舞ってもらったりと、断片的な記憶が残っている。記憶の中の祖母はとにかく笑顔の絶えない人で、人よりちょっとばかり高い特徴的な声で私の名前を呼ぶのだった。
    急に記憶が明確になるのは、やはり母からそう言われたときからだ。
「どうして?」
    そう聞いても、母は「いいから、今日さっさと寝なさい」と言うだけなのである。祖母は見当たらなかった。夕飯のあとから自室に篭って、一向に姿を現さなかった。じっと祖母の自室を見つめると、母は強引に私の首を引っ張って、さらに付け加えた。
「おばあちゃんの部屋にも近づいちゃダメ。とにかく今日はもう寝なさい」


    そうは言っても、元気はつらつな子どもだったからそんな早い時間に寝付くこともできなかった。布団の中で右に左に寝がえりを打っているうちに、尿意を催した。夏の暑い日だったから、水を飲みすぎていたのだろう。
    寝室は二方向に襖があり、片方は隣接する居間、もう片方は廊下へと出る。居間への襖からは光が溢れていた。母がテレビでも見ていたのだろう。
    そっと廊下への襖を開けて外へ出る。トイレはすぐそこ、祖母の自室の隣だ。急いで駆け込んで用を済ませトイレを出たところで、聞きなれない声が聞こえた。いやに響く甲高い声が、祖母の自室から。
「おばあちゃん…?」
    ドアをそっと開ける。煌々と眩しい部屋の中で、祖母は、電源の入っていないPCに向かって延々と言葉を放っていた。
『どーも皆さんこんにちは!』


「私もそれを見るのはその日が初めてだったのよ」
    七回忌もひと段落した夕方、中学生になった私はあの日のことを母に聞いた。母は憔悴しきった様子で、当時のことを話してくれた。
部屋に入ってしまった私を追いかけてきた母は、何も映らないディスプレイと対話を続ける異様な光景を見てへたりこんでしまったという。
    私たちが入ってきたことなどまるで気づいている様子もなく、絶え間なく祖母は喋り続けていた。私も嫌にはっきりと覚えている。それはチャットで会話している風ではなく、むしろ、一方的に情報を送信し続けている話し口であった。
『私ね、とっても怒ってるんですよ!』
『違うよ!どーしてそうなるの!』
『ありがとう〜〜これからもよろしくね〜〜』


「あなたもいずれわかるわよ。呆けてしまった母親を見てしまう娘の気持ち。死んでしまうより辛いわ。それで動けなくなってしまったのが私の最大の失敗。私だってあなたの母親なのに、あなたを止められなかった」
「私がおばあちゃんに何かしたの……」
    私にはその先の記憶がなかった。本能が臭いものに蓋をしたのだろうか。
「触っちゃったのよ。『ヒカリちゃん』に」
「『ヒカリちゃん』……?」
「あなたが生まれるより前に潰えたコンテンツよ」

 

    何も知らなかった幼い私は、怯えて動けなくなった母と対照的に、祖母のもとへてくてくと近寄ってしまったらしい。消え入りそうな小さい声で「おばあちゃん……」と言いながら、祖母に触れたのだという。その瞬間、黄色い声はピタッと止んで、祖母は絶望するような目つきで、私のほうを振り向いたのだという。
「そのあとおばあちゃんは発狂して、家を飛び出して飛び降りてしまったの。六階だったからね、即死だったらしいわ」
「おばあちゃんに、何があったの」
「バーチャルユーチューバーっていうのが昔流行ってたのよ。3DCGで作ったアバターに声をあてて、ユーチューバー的なことを……ってそうか、ユーチューバーから説明しないといけないのか」
    およそ40年前に隆盛を見せたそのコンテンツについて一通り説明を受けた。祖母はその文化の一端にいたのだという。
「『ヒカリちゃん』っていうキャラクターでね、一度だけ動画がヒットしてファンが数万人単位でついたの」
「数万人⁉︎」
「今にして思えば、ただの一般人に数万人のファンがつくなんて異常事態なのよ。毎日Twitter……SNSの一種ね、それで自分のことを呟いてる人をサーチしてコメントを返したり、週に一本は動画あげたり。でも一番体力が必要だったのは、そんなことじゃないの」
「身バレを防ぐこと……」
「インターネット文化は移ろってもそこだけは変わらないのよね。『ヒカリちゃん』自体がかなりアイドル化してたから、なおさら注意が必要だった。でもおばあちゃんは失敗してしまった」
    自分が『ヒカリちゃん』であることを隠して付き合っていた男性とデートしているところを、狂信的なファンに見られてしまったという。情報はたちまちネットで拡散され、ファンの数は激減、家には無言電話や脅迫じみた手紙が届くことが増え、祖母は精神を摩耗させたという。
「幸いその人、あなたのおじいちゃんだけど、その人がそれでも結婚してくれて、私も生まれて、それからは『ヒカリちゃん』を忘れて幸せそうに生きていたわ。悪くなったのはおじいちゃんが亡くなってから。だいぶおじいちゃんに依存して生きていたから……」
「夜中に突然『ヒカリちゃん』になってしまうようになったの」
「突然じゃないのよ、時間は決まってるの。金曜日の夜十時、当時はその時間に生配信をしていたらしくて、あの日がちょうど金曜日だったのよ」


    幼い私に触れられたとき「彼女」は何を思ったのだろう。デートを目撃した例のファンを思い出して発狂したのだろうか。私を私と分かったのだろうか。
    死んだ「彼女」は誰だったのだろう。もしかしたら、祖母は『ヒカリちゃん』に殺されたとも言えるかもしれない。額の中で微笑むその顔を見ながら、薄ぼんやりと考える。
「あなた何ぼーっとしてるの、早く行くわよ」
「……わかった」
    最近母は私の名前を呼んでくれない。「あなたのおばあちゃんがつけてくれたんだよ」って、あんなに誇らしげに言っていたのに。